ドッキリ!実話

美しい男

― 学生モデルの顔の傷 ―

 キムタクが現れたかと思った。中央で分けられたしなやかな髪。潤んだまなざしとアフロディーテをしのばせる頬の光沢。相手の心を揺さぶり、挑発するような口許。女性たちの目を釘づけにして誘惑の波にさらっていく。そんなオーラが彼から発散している。ほぼ完璧な美男子に見えた。

 左の眉の上の少しくぼんだ傷跡さえなければ。

A君、21歳。大学3年生である。友人の車の助手席に乗っていたとき、交通事故にあい、額に線状痕が残ってしまった。
彼が私の事務所を訪れたのは、その賠償交渉の依頼である。最大の問題は、額の傷の補償であった。
女性の場合、顔に大きな傷が残ったときには、後遺障害等級7級と認定されている。小さな傷は12級である。
7級の場合には1051万円、12級の場合は224万円が自賠責保険から支給される。
それにひきかえ男性の場合は、顔に大きな傷が残ったときでさえ12級にすぎない。小さな傷になると14級である。14級の場合には、自賠責保険から支給される金額はわずか75万円である。
大きな傷と小さな傷は、何によって判定するか。線状痕なら5センチ以上は大きな傷、それ未満で3センチ以上は小さな傷とされている。瘢痕の場合には、鶏卵以上なら大きな傷、それより小さく10円玉以上なら小さな傷とみなされる。
同じ大きさの傷であっても自賠責からの支給額は女の場合は1051万円か224万円、男の場合はよくて224万円、悪ければ75万円である。その中間はない。
これが差別でなくて何であろう。男性は女性化し女性は男性化しつつある。いま、女性だけでなく、男性も美しさや清潔さに気を遣うようになった。顔の傷について、精神的苦痛を感じる度合いは、女性のほうが男性よりつねに強いとはいいきれないのである。
こうした等級認定は、すべて自動車保険料率算定会(略して自算会)というところがおこなっている。男女間に差別があることは、学者からも指摘されているのに、いっこうに改まっていない。
さて、A君の傷の長さは4.5センチであり、大きな傷といえるには、あと5ミリ足らなかった。このたった5ミリのために、自算会からは12級ではなく、最下位の14級に認定されてしまった。アルバイトにモデルをしている彼としては、納得がいかなかった。顔に傷があっては、仕事に影響するからである。

「これは裁判にして仕事にひびくことを訴えるしかありませんね。額の傷の認定基準は旧態依然なんですから」

「ぼくも保険会社から逆に裁判にしたらと勧められました」

くいいるように私の説明を聞いていた彼は、顔を起こすと、美しい微笑を返した。その瞬間、長い髪が音もなく揺れ、硬質な輝きを放った。

(完)

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